

明治初頭に創業した後、昭和31年に祖父の代で分家し今の幸西に移りました。
祖母の話では、昔は幾つかの手づくり蝋燭店がありました。町には蝋燭を扱うお店も多く、各家
庭ではお仏壇に向かい日々のお勤めを行い、法事には香典と共に蝋燭を包んだそうです。そして
お盆には蝋燭を立てた提灯を持って子供たちがお墓参りをするといったことも多く夏の風物詩とな
っていました。そして、新潟は海が近いこともあり、ご神仏に蝋燭を掲げて漁師の船出の無事を
祈ることも多かったそうです。
昔は日常の中で普通に蝋燭は使われていたようです。
創業当初は「はぜ蝋」という原料を使っていたそうですが、戦争の影響で価格が高騰し入手困難
になりました。また働き手の減少や時代の移り変わりによって蝋燭を作る職人は減っていきまし
た。その頃からパラフィンワックスが出始めましたが、配給によるもで思うように仕入れることが出
来なかったそうです。
昭和30年に入ると原料をパラフィンに切り替えました。
ロウを何回塗り重ねるといった代々受け継いできた製法で作る紙芯の蝋燭や型を使った糸芯の
蝋燭を作り始めました。そのころはまだ新潟でも何件か蝋燭屋もありましたが今はもう数えるほ
どしかなくなりました。
平成14年に新潟では途絶えてしまった「はぜ蝋」を使用した蝋燭を作り始めました。
もう一度新潟の地ではぜ蝋燭の明かりを復活させたいという思いと、代々受け継いできた製法を
活かした蝋燭作りをしたいという思がありました。
当初、原料が変わればその質も違い今までの感覚では思うように作ることが出来ませんでした
が、祖母の同じように作っていたという言葉を信じ、また代々続けてきた製法を頼りに父と試行錯
誤を繰り返しようやく販売できるようになりました。
現在は、パラフィンワックスを使用した和蝋燭、はぜ蝋を使用した和蝋燭を製造しております。
また新潟県のクラフトマンクラブに所属し、ふるさと村や新潟大和などで実演販売をすることもあり
ます。
たくさんの方々に和蝋燭を直接見てもらったりお話をしたりしながら蝋燭を身近に感じて頂ければ
と思います。
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